早起き30分一本勝負

目が覚めてから30分で記す驚天動地なブログ

概念!他者評価ラジバンダリの巻

おはようございます。
ウーロンハイを覚えてから飲む両側極端に増えました。そういえば、昔から、炭酸すこし苦手なんだったということを思い出した。

そんなこんなで早起きを成功させて自分は何をするのかと言うと、特に予定があるわけではないので、本当にどうしようねという一日なのですが、今日やらなくてもいいけど、多分明日とか来週中にやらないとなことを先に終わらしておこうキャンペーンを実施します。

昔にも書いたことあるかなと思ったけど、調べたところないことを書く。いつものことなんだけれどね。うふふ。

そんなこんなで、人を好き嫌いで評価するときに自分は手の平返しをすることが多々ある。これを芯がないとか言われるのだが、そういうことじゃないんだよなあと思ってしまう。ええ、唐突に本題ですよ。一度好きな人を好きで居続けるヒトって少なくないかいという話から。すごい極限を言うと、もし好き度というか好感度?が下がらないというなら、一度付き合ったら別れる人はいないのではないか?
そうではないから、別れる人がいて、ちゃんと評価を好きな人から嫌いな人とまでは言わないけれど、普通の人にまで下げてるのではないか?
続いて、嫌いな人は嫌いなまんまで居続ける人は、そんな人もいるんだろうけど、嫌いな人に心を許して好きな人に転換できる自分の方が優れているのでそんな人について語る必要もないかなと。

では、何故このように評価が変わるのか。
最近気付けたのだけれど、何個か要因がある。
何個言えるか分からない残り時間。

とりあえず言おう。普通の人(普通とは何かはおいておく)は、嫌な出来事が起こるとその時点で嫌いという評価を下して一生それにしがみついて嫌いのままで居続ける。そのまた逆もしかりで、人への評価が上がりづらいし、下がりづらい。それに対して、自分は現象一つ一つがどれくらい嫌だったか良かったかを判断するので、その人がどんなに嫌いだろうといいことをしてくれるとその分好きな人と同様の点?をその人に与えて前ほど嫌いじゃない人にどんどん評価を変えていく。
極端に言うと、過去のその人の評価は記憶であって現在の姿が今の評価なので、これこれこうされて嫌な人だったけど、今は改心してこういう人になったんだなという人がいれば、改心前も評価しない訳ではないが、改心した姿に対して好きか嫌いかを判断する。その上で嫌いな人も山ほどいるけどね。うふふ。

こういう評価の仕方をしないで、第一印象での決めつけで評価する人が多いせいで、日本だけとは思わないけど、日本は、人が失敗したら復帰が難しいんじゃないのかなと思ったり。ラジバンダリ。

うっわ、さっむ。