早起き30分一本勝負

目が覚めてから30分で記す驚天動地なブログ

『花束みたいな恋をした』を地獄みたいな席でみた

最近の一週間の楽しみは仕事終わりに、映画館に映画を観ることだ。
今日は、『花束みたいな恋をした』を観た。
とても楽しみにしていた映画だったし、見終わった後の今もとても良い作品だった。
けれど、「映画館で『花束みたいな恋をした』を観た思い出」はとても悪いものになってしまった。
思えば、並びで空席になっているからと近めの席を選んだのがすべての失敗だった。

上映時間きっかしにスクリーンに入場。チケットに書いてある上映時間よりも10分後くらいに上映がはじまることに最近気づいた。そんなことは置いておいて。
自分は座席に着いた。この時一つの不安がよぎる。明らかに自分の左隣の男の右足が、自分の席の中央まで陣取っている。隣が空席ならその座り方はありだ。自分も若干広く使いたいから右隣が空いている席を取ったところもある。けれども、その空席に上着を置かれたら、さっと自分の陣地に足を戻すべきだろう。なのに、その男は足を避けず、案の定自分が席に座って足を延ばすと男の右足にぶつかった。「あ、すいません。」。謝ったのなら許そう(偉い)。そう思いながら、ぼんやり予告を見ていると、続けて左隣の男が「この映画面白そう」、それに呼応して、「ほんとだぁ」。どうやらカップルのようだ。まあそうか、よく考えたらこんなバチバチ恋愛映画って一人で観るもんじゃないかなんて考えてたら、シルクハット被った口だけの顔のやつが劇場マナーを教えてくれていた。その後には、定番の映画泥棒のCMが流れた。カップルの男の方がクスクスと笑った。なんて笑いの沸点が低いのだろうと思ったけれど、面白いと感じることは人の自由。
そんなタイミングで自分の聖域とも思われていた右隣りの席のさらに隣にカップルが座ってきた。こんなギリに入って来るかねとも思ったが人には様々な事情というものがある。
そして、スクリーンには映画の配給会社のロゴが表示される。このバーンて出てくる感じが自分はとても好きなじk「やべぇ尻筋もつかな。耐えられないかも。」左隣だ。んーーーーでもまあ。デスクワーク10時間開けの映画鑑賞かもしれないし、まだギリギリ本編は始まってないし、まあいいよ。うんうん。
画面には菅田将暉有村架純が登場。いいね!二人とも素敵だ!なんというか華があr「あのさ・・・・。」左隣だ。えーーーーーーちょっと待ってもう始まってるよ。あ、でもあれか上映直前に届いたラインで自宅が火事になったこと報告されたか?そんくらい重要なことがきっと起きて彼女に報告したんだろうな。きっとそう。うんうんうん。
有村架純菅田将暉が出会い小粋な感じでトークをしている。その会話にフフフと笑う左隣。そして右隣。右隣!!え、ここそんな笑うところ?と思いながらも、そんな自分を置いて、映画の中の二人はいかにも文化に造詣深いです系が好きそうな人の名前や知識を使ってお互いを笑わせて合っている。それに合わせて左隣がフフッと笑う。(こいつ本当に分かってるのか?)。右隣がフフッ。あー!お前は絶対分かってないね!だって左隣が笑ってその後に笑ってるもん。何知識アピールですか???そういうのも恋愛では重要なのかもしれませんね。許しましょう。(ここまでが上映10分くらい)

まあでも、映画は面白いので気になりながらも作品を見ている、ちょっとクサいせりふ回しだけど、雰囲気があってるからいいのかn「ここ俺の近所だ!」有村架純が降りた駅がたまたま近所だったらしい。そりゃ嬉しいよね。あれ???待って!!映画館てこんな会話していいんだっけ?ご時世的にみたいのは関係なしにさそもそも上映中に喋るのはなしじゃない?そうだよ!だってシルクハット被った口だけの顔のやつが、会話禁止ってさっき言ってたよ!ねぇ!!その後も、30秒ごとに一ターン会話する左隣のカップル。でもなあここでしゃべらないでって言うのもさなんか面倒じゃん。そういうことするやつだからさ、上映中はまだしも上映後絡まれたりしたら面倒じゃん。
ここで天才はひらめく!そうだ右隣が空いているから、顔だけ右の席にずらして観ることで左隣の声を遠ざけよう!これはナイスアイディア!一応小声ではあったから聞こえないぞ!!
あれ??おかしいな??右の鼓膜が揺れている・・・。お前もか――――――――――!!!!!
なんと右隣も会話している。「あれはさぁ~~~。」「あぁ、でも~~~。」おおおおいいいいい!!!!なに?え?映画館て会話していいんだっけ?自分が間違ってるの????
ドンドンドンドン。ん、これは何?あ、え?席蹴られてる?気のせいか・・・ドンドンドンドン。あ、気のせいじゃない。確実に蹴られてるわ。
なんでだ?あ?顔右の席に乗り上げるから、見づらくなっちゃったのかな申し訳ない。いや、謝ることなのか?まあいいや戻そう。ドンドンドンドン。え?違うの?何?あ、もしや会話してるの自分だと思われてる??違いますよ。あ、よしじゃあもう言おう!!次会話したらやめてくださいって言おう。
「ここってさ・・・じゃない?」左隣きた!!でも待って、本当はこの場だけを考えるといった方がいいと思うんだよ。でもさ、めんどくさいってのもあるけどさ。もし彼に喋らないでって言うとするじゃないですか。それで黙ってくれたけど見終わった後、怒られたと思ってカップルが気まずくなって、雰囲気悪くなってなんだかんだあれが別れるきっかけだよねってなって、この映画を観るたびに彼が、菅田将暉有村架純のどのセリフよりも自分の『喋らないでもらえます?』を思い出すことになったらどうしよう。
「あ、そっか、・・・」

「あの喋らないでもらえます?」

「あ、すいません。」

あーーーーーー言っちゃった!!!しかも、普通に謝られちゃった!なんか自分が悪いみたいな雰囲気!!なにこれぇ!てか、この攻防で30分くらい使ってるぞ!よく我慢した方だよ?本当に?あれか、逆に30分経って言う?みたいな感じか?もしかしたら右隣が話してなかったら言ってなかったかもね!
・・・・てか、右隣も喋らなくなったな!!いや、いいんだけどさ間接的に二組同時に怒ったみたいになってんのよ。なんかめっちゃ気まずいのよ?お前はまた、ちゃんと自分に喋んなって言われろよ!!ばあああか!

てか、いい映画だなおい!!

なにはともあれ、これで映画に集中できるぞ!!やったね!うれsドンドンドンドン。ドンドンドンドン。
えーーーーーーー何?お前は同じ物語の出演者じゃなくて、別軸のなんも関係ないところから席蹴ってなの?ただ席蹴るって何?てか、どっちだ?真後ろ?右後ろ?てか、これで『席けらないで!』ていったらもうこっちがいちゃもん野郎になっちゃうじゃん。最近のおいでやす小田さん並みにキレるないわれちゃんじゃん!何この席!!
てぇか!!!左隣!右隣!!お前らもお前らで、さっき笑ってたくらいのお笑いゾーンで笑わなくなったな!!!なんだ??あの笑いは、映画じゃなくて彼女に向けて笑ってたのか??あ??なんだかんだそれが一番腹立つわ!左隣はあれか怒られたから笑いにくくしちゃったかな!ごめんね!でも、右隣は・・・あそっかこいつ本当は笑いどころ分かってなかったんだった!!!解決!解決じゃねえよ!!筋通して笑っとけ!!

お、ラストか?シクシク。お?女の方泣いてる!泣くな!馬鹿!映画館で会話するような奴がこの映画で泣くな!!てか、男は泣け!!なんじゃお前らぁ!!!!
で、終わりかい!感想は、花束みたいな恋してたなぁ!です(長くなるからここでは書かない)。
エンドロールが流れる。絡まれないようすぐ出れるように準備(ビビり)。会場が明るくなる。席を立ち出口へ向かおうとするが、右隣のせいで出れなくなる。
それに、気付いた右隣の男が、「ちょっとどけたげて。」と女性に言っていた。女性もちゃんと避けてくれた!そういう気使いできるんかい!!!え、何?映画館来るの初めてカップルなの??なら、なんかごめんね?次からはシルクハット口だけ男の話を最初にちゃんと聞いといてね!
自分は「ありがとうございます!」と言って出口へ向かった!!
お礼の言葉がちゃんと言えて偉い!!

ららら

コロナというものが流行し始めて約半年が経とうとしている。その流行は、留まることを知らない。コロナというものが人間に対して実際どのくらいの毒性か危険性かは未だ分かっていないが、人間というものがコロナに対してどのくらい危険を感じているかはわかってきた気がする。それが、正しい危険の感じ方なのか、過剰な感じ方、不足な感じ方なのかは分からないが、コロナウイルス自体が変形しない限りは、今現在の個人個人のコロナウイルスに対する価値観というものは変わらないのであろう。そう考えると、なんだかコロナウイルスについて考えるのがバカらしくなってくる。恐れれば、そんなにビビるな!それよりも経済を回せ!と言ってくる。恐れなければ、また別の人から、家から出るな!と叩かれる。どちらか正しいのかはいずれ分かるのだろう。いや、もしかすると一生分からないのかもしれない。ならば、自分が正しいと思ったことをするべきなのだろう。至極当たり前なことを言ってしまった。

果たして、コロナは悪なのか、それとも悪の成長剤なのか。

『カツ漬けマグロミートパスタピザ』好きな人。

ちょうどこのブログを始めた頃から、映画を観るのが趣味の一つになった。小さいころから、映画は好きだったけれど、ちょこちょこ話題作だとか、友人の勧めで観ることはあったが積極的に観る事はあまりしてこなかった。しかし、最近では、家で一日一本、映画館で週一本映画を観る生活になってきた。そんな中で、一つ違和感がある。自分は映画好きを名乗るには、センスがない作品がどうやら好きらしい。けれども、センスがあるとされる作品は、どうにも自分にはセンスがあるように思えない。

例えば、今日自分は二つの映画を観た一つは、松本大洋原作の『青い春』。この作品は、いわゆる不良が、不良なら陥る可能性のあるすべてのミスを起こしていくその過程での主人公の成長を描いていて、ストーリーは一貫して退廃的な雰囲気を漂わせる(おおざっぱすぎるのはご了承ください)。そして、もう一つが、現在公開中の『海辺の映画館』。この作品は、様々な戦争映画に主人公たちが入り込む中で、日本の戦争の歴史と映画の歴史を示すことを目的にしている、しかしながら、ストーリー中の彼らは、過去の文豪の言葉を引用したり、時を行ったり来たりして、雰囲気もミュージカル映画風から急に無声映画、トーキー映画、荒いCGから最新のCGなど様々な技術を駆使する。見てもらわないと伝わらないと思うが、どちらが好きかと聞かれて、センスがあるように思われるには、『海辺の映画館』を選択するべきなのはなんとなく理解していただけるだろうか?後者の映画には、様々な技術や知識が盛り込まれているそのためその一つひとつを理解できるものがセンスがあるとされる。この行為が果たしてセンスがあるのかというのが今回の問題点だ。

後者の映画を好きというのは、食事に置き換えると、『私はカツ漬けマグロミートパスタピザが好きだ。』ということになると思う。もし、好きな食べ物でカツ漬けマグロミートパスタピザと答えたらセンスがない人にならないだろうか?そもそも、カツ漬けマグロミートパスタピザとは何かという話だが、それはピザ生地の上にカツ、漬けマグロ、ミートパスタが乗っているものを想像してほしい。確かにそれぞれはおいしいしおそらく漬けマグロを除けばそんなに食い合わせも悪くはないだろうけれども、決してセンスがいいとは言えない。それよりも、2500円のホテルカレーと答えた方がセンスがいいと思われるはずだ。それにも関わらず、こと映画になると要素は盛り付ければ盛り付けるほどセンスがいいとされるこの現象が理解できない。もっと言えば、映画にかかわらず他の小説、アニメなどの娯楽全般にこれらは言える。さらにさらに、ファッションにおいてそれは、さらに顕著になる、赤いトップスに緑のジーンズ、足元には紫色のブーツを履いている人のことをおしゃれといって、白Tに、黒いチノパン、スッキリとしたスニーカーを履いている人は逃げといわれる。色々なものを小さく表現することがセンスのあることとされている。しかしながら、言いたい。一つのものを大きく表現することもまた素晴らしいのではないかと。

けれども、カツ漬けマグロミートパスタピザ好きのジャンキーにはこの言葉が響かないのも知っている。濃い味、複雑な味に舌がなれたものは、薄味の旨味に気づくことはできないのだか。

何も起きない非日常。

それがコロナのせいなのかは、わからないが最近の自分の生活は何も起きない。そもそも、なんの感情も動かない時間を作るのが苦手なタイプなので、常に何かをしていたいという気持ちが常にある。そういった中で、日常生活はどうしても感情が動かない瞬間というのはどうしても生まれてしまう。例えば、移動中の電車やバス、謎の沈黙が長く流れる会議、あまり思い入れのない人の葬式。そんなとき、皆さんはどうしているのだろうか。

自分は、このような場面に遭遇すると、衝動との戦いを強いられる。例えば、バスに乗っている際、特段知り合いが乗っているわけでもないし、会話するのもおかしいのでみんな黙って各々世界に入っている。電車だと、対面の人の表情が見れるから、その人の感情を少し読み取れるからましなのだが、バスの場合は周りの雰囲気が読み取れず、一人取り残されたような感覚に陥る。そうすると、衝動的に自分の脳内で『今、窓開けてスマホを外に投げたらバスに乗っている人はどういうリアクションをするのだろう?』と想像し始める。そうなると、もう脳内ではそれをしてみたいという欲望と人間としての理性の戦いが始まり、とりあえずのところ理性が勝利し、バスを降りるということがしばしばである。

他にも、おしゃれな趣味で申し訳ないけれど、公園で読書をすることがある。本に集中出来ているときは、いいのだが、いざ集中が切れると周りが気になってくる。特に座っているベンチの隣のベンチに座っている人がいると再び衝動が起こる。『今、本をビリって破ったらこの人はどんなリアクションをするのだろう。』そうなると、もう手を付けれないので、帰宅するしかない。ほかの例を挙げるとキリがない。学生時代の美術の時間で飽きてくると、『今、この絵破ったらどんな雰囲気になるんだろう』とか、会議中に、『今、急に叫んだらどうなるんだろう』とか、葬式中に、『今、坊主の頭を思いっきりひっぱたいたらどうなるんだろう』とか。そういった様々な衝動が僕の脳内を渦巻きながらも、それをすると人間として終わるという理性との共存。それは、漫画にある人を殺したい欲求のある子が我慢しているあの感じに似ていると思う。漫画の彼の殺人願望は、自分にとっての突発行動願望なのだ。

ここまで書いてきて何が言いたいかというと、自分が突発的な行動をしても、それは相当な我慢が耐えきれなくなったからなので許してほしいということだ。もう24年も24時間毎日こんな衝動と戦って日々勝利してきているのだから、一回突発行動をしたくらいで変な人だとかいう判断をしないでほしい。まともな人間だから一回で耐えれている。変な人だったら理性は崩壊し、町の名物おじさんになりかねない。

そんな日常と非日常の境目を自分は今日も過ごし眠る。

久しぶりに、後輩に

 自分はなんだかんだ人を集めて何かをするのが好きなタイプだと思う。しかしながら、困ったことに一段落をつけると途端に面倒くさくなる。例えば、だれかと外食をしようと誘ってお店を決めるところまでは、ノンストレスで行える。けれども、そこまで終わってしまうと、当日行くのが途端に面倒くさくなる。別に、当日行くのが嫌なわけではなく面倒くさくなる。さらにさらに、当日実際行けばそれは自分が好きで呼んだので、めちゃくちゃ上機嫌で帰り道をあるくことができる。それなのに、予定を決めて当日行くまでの期間がとてつもなく面倒くさくなるのだ。

この現象について少し考えたのだが、自分はどうやらシミュレーション癖があるらしい。このメンバーで、この場所なら大抵この話になるだろう。そしたら当日はこんくらい面白いだろうと勝手に決めつけてしまう。というよりも、自分で誘った場合は、おおよそ潜在意識的にこういう会にしたいということも含めてストーリーを作ってしまうからなお面倒くさくなるのだろう。それに加えて、大抵飲み会や食事会の場合そのストーリーから大枠は外れない。それはもしかすると気を使ってくれているのかもしれないから気を付けなければならない。

と、まあそんな自分が昨日も飲み会というか外食の予定を少し前からたてて行ってきた。例にもれず、少しの面倒くささを残しながら、予定の時間を迎える。18:30。しかし、予定していた相手は来ない。5分後、素知らぬ顔で現れて『5分は切り捨てで0分何でセーフですね。』と言ってきた。しかし、そんなことでは怒らない。これもシミュレーション済みで、彼が遅刻もするし、それを謝らないということも知っている。そして、おそらく彼も怒られないのを知っている。それが許されるあざとさがよいところでも悪いところでもあるが、不思議と周りにいる人たちはそんな人が多い。

そして、自分がよくいくお店へと向かい、適当に飲み物とお気に入りのメニューを頼んで。食事の到着を待つ。席は二時間制。そうするとご時世的にもこのお店で切り上げようというのが予定であった。そうすると、半年ほどあってないから、コロナがどうとかの話をして、少し昔話をしていたら、2時間はすぐに終わるのだろうなと推測していた。自分は、そのストーリーに乗っ取りコロナの話をしているはずが、いつの間にやら自分の遺骨は花火に詰めて打ち上げてほしいだとか、仏壇・墓とかの設定が破綻している、世界ではやっている宗教は、設定が甘すぎて今週刊誌の賞レースに応募しても佳作止まりそんな話をして1時間強が経過して、残りの1時間は、自分のNiziUランキングを当てようという話になり、そんな小遊びをやっていたら、お会計のお時間。この会で予想通りだったのはお会計の値段くらいのものだった。

そうして、帰るのかと思いきや、帰りしにほかの人どうしてるという食事中に済ましておくべき話をしていたら、いつの間にやら、ご時世的に人がいつもより少ないハチ公前付近で1時間ほど話し込んでしまっていた。

こんなシミュレーションは一切していなかった。どうやら自分のシミュレーション能力は、大したことがないらしい。これからは、予定を決めた後も少しだけ面倒くさくならないような気がする。

短め、マック。

時間がないので短めだけれど、毎日書こうと決めたので。

もう8月かと思う。7月はマグドナルドにいる時間が多かった。

マクドナルドには変な人が多い。

むずむずするようなでも、何だか愛らしいシーンを今日も見た。

昼頃、少し込み始めたくらいの時間、自分の前には2組くらい注文待ちをしている人がいた。どうやら、レジには今となっては珍しくない外国の方が立ってメニューを聞いていた。よく聞いてみると『あ、ハイ、チィーズヴァ―ガーヒトツデスネ。』と日本語は片言なのに、英語は流ちょうであった。当たり前と言えば当たり前なのだが。そして、注文を取り終わり次の方がレジに進む。『エーット、ダヴルチィーズヴァ―ガーセッツヒトツト~~』。どうやらこちらも外国人の方のようで、身長はとても高く、外国の人しかつけてもカッコよくならない真四角の黒縁メガネをしていた。それに対し、店員さんは、『セットノオノミモノハイカガシマスカ』と対応。『オノミモノ?』。どうやらお客さんは理解していないらしい。『ア、コレ』と店員さんがメニューを指さす。おそらく飲み物が書かれたところを指さしたのだろう。この後もたどたどしい会話が続いていた。そして自分は思った。二人とも英語喋れるなら英語で対応してよくないか?日本人はマニュアル通りにしか動けないというがどうやら日本人だけではないような気がしてきた。

そのほかにもよく言われている日本人は○○。日本は、△△というような、自分の都合の悪いことを大きくくくったネット上の言い回しは果たして本当にそうなのか確認してみる必要がありそう