早起き30分一本勝負

目が覚めてから30分で記す驚天動地なブログ

失せ物失せ人うっせー!ファック!!の巻

おはよう。
本当に最悪だ。
気を抜くと本当に色んな物を失くす。
この1週間で、クレジットカード、イヤホン、帽子を失くしている。
それに加えて、イヤホンが一つ壊れ!挙げ句のはてにはチャリが盗まれた!最悪だ!!!
失くしたのは自分のせいだ!仕方ない。
けれどチャリ盗まれるのはありえない。
新宿の時間貸しに少しの間停めただけなのに盗まれた。確かに鍵をしなかった自分が悪いのだが、どれだけ適当に置いても自転車がなくなることは無かったのに。

うわ!!いま唐突に思い出したのだが、つい三日ほど前の夢で新宿で自転車を探し回る夢を観たのを思いだした。まさか、予知夢だったとは、、、、。

この盗まれた自転車は、高校時代に買ってもらってからかれこれ8年選手になる自転車で、東京から札幌の旅路を共に旅した仲間なのだ。そんな仲間が奪われたことは何よりも不幸なことだ。自分が手にしていたもので一番長く使用していたものがこの自転車だった。赤と黒のボディを輝かせた彼はもういない。

そんなこんなで本当に話したかった話ができない。
と思ったらまだ30分まで15分ほど残っている。

そんなこんなで、母の七回忌だ。
ここはあえてさらっといかせていただく。
今日の本題は、死といものが自分の中でそこまで大きな問題ではないということだ。
自分は母が死んだとき泣かなかった。かといって、血も涙もない男なのかというと、昨日観た「映画すみっこぐらし」で泣くほどには涙もろい。そんな自分が、母の死に泣けなかった。親族からは冷たい奴だと言われたりもしたが、正直どうでもよかった。人の死というものは、イヤホンが壊れたように、自転車が盗まれたようにそのものがなくなるということだ。しかし、母の死の場合は事前に亡くなることを知らせて徐々にという形だったので別れを予告できたことが恐らく自分のなかで悲しみが和らいだのだろう。そう考えると一時的なインパクトでいえば、大変親不孝なことを承知でいうと自転車が盗まれたことの方が大きい。
さすがに、人をもので例えるとよろしくないかもしれないので、人に例えると付き合っている彼女もしくは彼氏にフラれたとする。このとき、その人にもう二度と会えなくなった場合に、その人は死んだ人と事実としてはほぼ同じだ。
あまりまとまっていないのは、承知の上でまとめたことにしていただきたいのだが、つまり、死んだことが悲しいのではなくて、その人と二度と会えなくなることが悲しいのだ。
だから、結局昨日のことに戻るけど墓で会えるなら悲しいことはないでしょう。いつもそばにいるなら悲しくないでしょう。なのに、悲しくって泣いてしまうのはやっぱり心のなかでそのルールを受け入れていないからだろう。

んー、このままだとあまり自分が泣けなかった理由を説明できていないな。
でも時間は、時間だ!
まとめれるはずだったのに、自転車で時間を使いすぎた文句は自転車泥棒にいってくれ!!!